5 ― 王宮への誘い(無理やり)
次の日の夕方。私を迎えにエルシュワ侯爵様の御屋敷に馬車がやってきました。
王家の紋章が付いた、それはそれは豪華な馬車です。
おまぬけな男爵令嬢の為になんて心が広い対応でしょう。
さて、ここで問題が発生しております。王宮に行くにあたり、私は着るドレスがないのです。
『だって、貧乏なんですもの』で、王宮行きを断れればいいのですが、残念ながらそんな理由は通じません。
成人祝いのパーティー用のドレスを一着作ってもらっただけでも我が家は青息吐息になっていたのに。
私がこの旅行で持ってきたドレスはパーティー用のドレス一着だけ。それ以外は全て平民のお嬢さんですら眉を顰めるような使い古された木綿の普段着ドレスだけなのです。
この恰好で王宮に行くこと自体が不敬罪のような私が、陛下から御手自ら認定証を受け取ってもよろしいのでしょうか?
エルシュワ侯爵様の奥様から、ドレスをお借りしようなどと不埒なことを考えてみましたが、残念なことに奥様は、お嬢様を連れて実家の領地に行かれているとのことで、かってにお借りするわけにもいかず諦めました。
因みにお嬢様は六歳で、お持ちのドレスは幼児用です。
仕方なしに持っているドレスの中で、一番まともそうなドレスを着て豪華な馬車に乗り込みました。
今回は王宮前に堂々と馬車は止まり、そまつなドレス姿で多数の王宮使えの人達の前を通り、王宮へと入って行きました。これだけで相当精神が鍛えられたと思います。
ですが控室に着くと、私の考えは杞憂だったと知りました。
なんと、高級ドレスを貸して下さるとのこと。その上、陛下に会う前に全ての身だしなみも何人もの侍女さん達に手伝ってもらい、整えていただけるとのことなのです。
やはり一国の王にお会いするのですから、粗末な身なりの私を会わせるわけにはいかないのでしょう。分かりますとも。
侍女さん達から問答無用で豪華な部屋へと連行され、お風呂に入れられました。
エルシュワ侯爵様のお屋敷では、毎日お風呂に入るという贅沢ができていましたので、自分では清潔だと思っていたのですが、洗い残しというか、行き届かない場所があったでしょう。お風呂の中にまで侍女さん達が入ってくると、ありとあらゆるところを洗われました。
いくら女同士とはいえ、なんだかお嫁に行けない気分です。
そして裸のままベッドに寝かせられると、香油だのオイルだのを使って、髪から身体中を、揉みたくられました。
貴族の令嬢ならば当たり前のことかもしれませんが、私はあくまで貧乏男爵令嬢。裸を他人に見られたことなど、7歳になり自分でお風呂に入るようになってからはありません。
ましてや全身触られまくるなど、羞恥、困惑、混乱で死にかけました。
侍女さん達は私の言葉に一切答えることも、耳を傾けることも無く、もくもくと任務を遂行していきます。
全てが終わって、なんだかスケスケな夜着を着せられましたが、ぐったりとしてしまい抵抗する気も、反発心も出てきません。
これからドレスに着替えて陛下の前に出なければならないのに、体力気力共に底をついてしまっています。
「予定より時間がかかり過ぎました。本日はここにお泊まりいただいて、明日、陛下にお会い下さい」
侍女さんの1人がそういって頭を下げると、他の侍女さん達を連れ、部屋を出て行ってしまいました。
迎えにこられたのが夕方だったので、今はだいぶ夜遅くなってしまっています。
身だしなみにこんなに時間をかけるのなら、もうちょっと早い時間に呼んでくれればよかったのにと思いましたが、みっともない格好の私のためにエステをすることが急に決まったのかもしれません。陛下に夜遅くにお会いできる訳はないですね。
エルシュワ侯爵様の御屋敷で、軽く食事はさせていただいていたので、お腹は減ってはいませんし、この豪華な部屋で何かをするということもありません。
ヘトヘトだった私はそのままベッドに潜り込むと、すぐに安らかな眠りへと落ちてしまったのでした。