●貧乏男爵令嬢は前世持ち ~なんだか王太子殿下に執着されてるみたいなんですけど、なんとか逃げ切ります~●

6 ― 寝ぼけています

夢を見ました。
昔の夢です。
お父さんがいて、お母さんがいて、お姉ちゃんがいて、飼い犬の“タロ”もいます。
お父さんはリビングでいつものように新聞を読んでいます。
お母さんは台所で私たちの昼食を作ってくれています。とってもいい匂いがここまで漂ってきています。
お姉ちゃんが学校から帰ってきたみたいです。『ただいま』の声が聞こえます。
リビングのラグの上に直接座っている私の隣にはタロが居ます。

タロは私が拾ってきた、私の犬です。私が飼い主です。
タロはみんなに懐いていますが、私のことが一番好きみたいです。私もタロが大好きです。
もちろん私は、お父さんのことも、お母さんのことも、お姉ちゃんのことも大好きです。
みんな、みんな大好きです。

……でも。
でも、でも、言ってはいけません。
知られてはいけないんです。

私がみんなを好きなこと。みんなのことを憶えていること。
今のお父様やお母様に知られてはいけません。
今のお父様とお母様は私のことを大事にしてくれます。可愛がって下さいます。
私が今も昔のみんなのことを憶えていて、恋しがっていること、会いたいと思っていることを知られるわけにはいきません。
知られたら、お父様やお母様が悲しい思いをしてしまいます。

だから、だから、言ってはいけません。
幼い頃はよく1人でベッドで声を殺して泣きました。何度泣いてもこの思いは消せるものではないのです。
会いたいです。
みんなに会いたいです。
お父さんに、お母さんに、お姉ちゃんに会いたいです。
タロに会いたいんです。

私はタロに言ったんです。待っていてねって。すぐに帰ってくるからと。
タロと約束したんです。
タロに会いたいんです……。


薄暗い部屋の中で私は目覚めました。
泣いていたのか目は涙で濡れています。
目覚めたとは言っても、まだ寝ぼけていて、ここがどこなのか、なぜここにいるのか分かっていません。
ただ、ぼんやりと横を向くと、そこに“タロ”がいました。

タロはゴールデンレトリーバーの雑種です。綺麗な金色の体毛をした、少し大きめな犬です。
いつも私が丁寧にブラッシングをしていたので艶々の毛並みをしていました。
その綺麗な金色の毛が目の前にありました。

「タロっ! 会いたかったっ! 会いたかったのよっ。やっと会えた。ごめんね、会いに行けなくて。タロ、タロ、タロ、会いたかったっ!!」
今まで何度も見た夢です。
夢だって分かっています。でも嬉しかったんです。夢でもタロに会えるなら、嬉しいのです。

なんていい夢なんでしょう。私はタロに抱きつくと、その毛並みを何度も撫で、また眠りに落ちて行きました。