●貧乏男爵令嬢は前世持ち ~なんだか王太子殿下に執着されてるみたいなんですけど、なんとか逃げ切ります~●

8 ― やっちゃった王太子殿下

耳元で泣き声が聞こえる。
それもシクシクと可愛らしいものではなく号泣だ。
あまりの音量に眠気が一気に覚めてしまった。
声の方を向くと、全裸の少女が声も枯れよと泣いている。
エルリーナ=コルストル。
地方の男爵令嬢だという。彼女を見ると一気に胸の中に愛しい思いが湧き上がる。

「エルリーナ」
その身体に触れようと手を伸ばした。

バシィッ!
渾身の力で手を弾かれる。

「さっ、触らないでっ。グスッ。なんで、なんでこんなことを。グスッ。酷いっ、うぇ~ん」
また泣きじゃくり始めた。

「エルリーナ違うんだ。どうか泣きやんでくれ」
エルリーナの涙や泣き声はひどく心を苛む。

「何が違うんですかっ!グスッ、王太子殿下にとっては、グスッ、一夜の楽しみかもしれないけど。グスッ、わ、私は……うわ~ん、もうお嫁に行けないー」
「エルリーナ、お嫁にいけないなど、私はけして軽い気持ちや遊びなどでは無い。私は真剣に……」
「真剣ってなんですか。王太子殿下のなさったことは私にとっては一生の問題なんです。それなのに、それなのにっ、軽い冗談で済まそうなんて。あんまりじゃありませんか。うわ~ん。もう領地に帰れないー。一生行かず後家なんだー」
「聞いてくれ、冗談などではない。先に閨を共にしてしまったのは申し訳ないが、私は真剣だ。真剣にエルリーナに私の妃になってもらいたいのだ」
「はぁっ、なんなんですか、さっきから何言ってんですかっ! いくら私が田舎者だからって、王太子殿下に側妃様と愛妾様がいらっしゃるのぐらい知ってます。そんな見え透いた嘘をつかれて、はいそうですかってなりませんから。うわ~ん、ジジイの後妻なんて嫌だー」
「まてまて、側妃や愛妾のことは、きちんと説明する。だが、なぜ後妻などと。エルリーナ私の話を聞いてくれ」
思わずエルリーナを抱きしめる。

「いーやーっ。離してー。ぎゃーっ、私はだかーっ。すっぽんぽんー。夜着は、夜着はどこっ。無いーっ。シーツをシーツを被らないとっ。はなしてーっ」
エルリーナが腕の中で暴れる。

「失礼いたします」
騒ぎを聞きつけたのか、侍女長が寝室へと入ってくる。

「殿下、エルリーナ様は今混乱されているご様子。どうぞ、殿下はお部屋を出られていただいて、エルリーナ様のお世話は私たちにお任せ下さい」
エルリーナの様子を見ると、侍女長の言葉にしぶしぶ従うしかない。
腕の中で固まっているエルリーナの頬をそっと撫でる。

「エルリーナ、落ち着いたらきちんと話そう。愛している」
愛している。
自分の言葉に衝撃が走る。

そうだ、私はエルリーナを愛しているのだ。
今まで何故気付かなかったのだろう。
心が焦るばかりで、エルリーナを逃がしたくなくて、だまし打ちのようにして身体を奪った。

愛している。愛している。
心の中が愛しい気持ちで満たされていく。
侍女長に部屋を追い出されながら、早くエルリーナに会いたくてたまらなくなった。